2019年8月30日金曜日

スポーツと社会



指導者が必死になって取り組んでいるサッカー(スポーツ)は、どれだけ一生懸命に取り組んでも正解がなく、必ず勝てるとも限らず、必ず報われるとも限らずという大変なものに取り組んでいる。

にも関わらず、なぜ必死に取り組むのか、取り組ませるのか、それは将来訪れるであろう理不尽な社会、まだまだ頑張っても報われないことが多い社会に向けて、今からスポーツを通じてその壁をものともせずに頑張る気持ちだけは理解して、その壁をどうやって乗り越えることができるかという対応力を養うためであろう

頑張りすぎれば心も身体もおかしくなる人もいる。そんなときには少し頑張らないという対応を取らせる。
理不尽なことに出会ったら、その理不尽にどうやって対応したら良いのか、色々な人に相談をするという対応も教える。

とにかくスポーツと現代社会にはまだまだ正解がない。

しかしながらその社会に今から向かっていく若い人たちには、スポーツと社会の共通した仕組みを理解させ、正解のないサッカー(スポーツ)に取り組ませていきたい。
小崎 峰利

2019年7月5日金曜日

勉強

勉強とは無理にでも努力すること。強く努力することである。

サッカーシーンでトレーニング中、もしくは試合中に監督、コーチが色々とアドバイスする。
選手はうなずくかハイと返事をしてプレーに戻る。何処でも何時でも目にする光景である。

ただ、自分もこういうシーンを数えきれないほど経験してきて、あることに気が付いた。

うなずく事と返事をする事で、教える側も勉強する側も取り敢えず納得をしてしまい、その場が通り過ぎていく。後で「あの時」のことを選手に尋ねると大半の選手が覚えていない。

こういう勉強は勉強しているとは言えない。
そうすると、時間は無駄に流れる。

学校の勉強もサッカーの勉強も社会生活での勉強もすべて同じ。
無理をしてでも努力すること。
その真理を理解させることが、私達指導者の努めである。
小崎 峰利

2019年5月23日木曜日

KY

KYとは最近では「空気を読め」のKYで使われることが多いが、本来は「危険予知」のことである。

私は30年近くの社会人(サラリーマン)時代に、営業としてある大会社の担当として各地の製造工場を色々回らせてもらった。

その関係の方々とコミュニケーションをとるため、様々なイベントや講習に参加させて頂き、その中で結構得意とした分野が、危険予知の講習であった。

工場内の何気無い場所の絵が1枚出されて、この絵の中からどんな危険が潜んでいるか探して下さいというもの。週刊誌で見る間違い探しの要領で危険探しをするものだが、工場の従業員を差し置いて、ほとんどの問題をほぼ一番で探し当てていたものである。

それはサッカーにおいても非常に役にたっている。
サッカーシーンの中で、「あの選手は危険察知能力が高いよね」ということはよく聞く話である。

これからすると、このような予知は能力でもある。
しかし、社会でもこのような講習がある以上、経験と勉強によって身につくことであることは間違いない事実である。

私の座右の銘である[予測と配慮]もこの講習と経験から出たものである。

最近のテレビ関係では、空気を読めない人に対してKYを使う場面が多い。
ただ空気を読むのも経験と失敗しながら勉強することで空気を読めるようになるのである。
どちらの「KY」も大事。

我々サッカー関係者は、組織であるチーム、また、選手個人に対してどんな危険があるのか、試合の中でどこに危険があるのか、常に予測して対策を考えておかなくてはいけないと感じる。
これは、日々の生活の中で意識することによっても培われるものである
小崎 峰利

2019年4月26日金曜日

キャプテン


名古屋FC5期生の大岩一貴選手が、今シーズンJ1ベガルタ仙台のキャプテンとしてピッチに立っている。

その大岩一貴選手から先日LINEで連絡があり、「ノートを整理していたらこんなものが出てきました」との書き出しで、私が選手一人一人に書いた年に一度の寸評の画像を送ってくれた。

ノートに書かれていること、例えば”フィジカルだけではなく、パスコントロール技術の精度を上げ、得意なヘディング技術を更にレベルを上げる”などと細かく指摘してあり、それに対して「ジュニアユース時代から指摘されたことにもっと真剣に取り組んでいれば、今以上に活躍出来ていたと思います」とコメントしてきた。

私は選手全員に対して、個々のプレーレベルを引き上げるための指摘はもちろんだが、プラスαとして”どのカテゴリー、どのレベルのチームであっても、レギュラーよりキャプテンを目指しなさい”と言い続けてきた。

選手は、今後のサッカー人生だけでなく社会に出てからの長い人生にも役に立つよう、敢えてキャプテンになって様々な角度から的確な指摘、はたまた行動ができるようになるべきであると、私は育成年代の指導者としてスタートした時から強く考えている。

「技術的な細かいアドバイスには鈍感だったけど、キャプテンになるということの目標は達成しました」と締めくくられて大岩一貴選手とのLINE交換は終わった。

これからの目標は日本代表のキャプテンになるような選手を育て上げたい
小崎 峰利

2019年3月29日金曜日

通知表

小中学生の通知表を見てきて20年以上になる。

通知表の成績を見ることはもちろんだが、教師の所見や出欠や遅刻の欄を見ることの方が大事と考える。

しかしながら、特に最近は所見で悪いことが書いてあることをほとんど見かけない。

誉めることが良いという風潮になってかなり時は経ってはいるが、通知表に1とか2があり、誰が見ても大丈夫?という生徒の所見に、何々の授業では積極的に手をあげて…とか、何々係では率先して行い…とか書いてあるが、絶対に良くないことが多いから成績が低いはず。

その事についてはまったくと言っていいほど書いてない。
挙げ句の果てに、所見欄に保護者会にて話済みなどと書いてある。

最近の保護者は、自宅以外でもっとも長時間を過ごす学校生活の事細かな状況がわかるはずもなく、ましてや成績の良くない子供に対する適切な分析とアドバイスのない学校教育ってどうなのかな?とつくづく思う。

先の2019年育成に思うことでも書いたが、教育の原点は勉強であれ、サッカーであれ、道徳や倫理であっても意義と意識を理解させ、自ら何かに取り組むという姿勢の定着が子供の将来に大きな影響を及ぼすであろうと考える。

名古屋フットボールクラブの各チームは、われわれ指導者がこの原点を忘れず、選手と関わっていきたいと思う。
小崎 峰利

2019年3月8日金曜日

育成年代のシステムについて

4-4-2というオーソドックスなシステムが育成年代において一番理解させやすく、ベースにしていけると考えている。
 
ディフェンス、ミッドフィルダー、フォワードという大きなポジション構成がある。

ディフェンスはサイドバックとセンターバックの4バック。
このポジションにおいてのチャレンジ&カバーはもっとも教えやすい。ラインバランスを取ったり、ラインの上げ下げ、またボールサイドを頭にしてL字を形成したときの距離感も学ばせやすい。

ミッドフィルダーにおいては、オフェンシブハーフ(トップ下)、ディフェンシブハーフ(ボランチ)、そしてサイドアタッカー。
中盤の役割分担がこれほど明確なシステムはない。とにかく分かりやすい。
 
育成年代、現代の少年サッカーの8人制から大人のサッカーすなわち11人制に移行する戸惑う時期において、役割とポジショニングを理解させやすいと思う。

オフェンシブハーフは攻撃時において2トップとサイドアタッカーとのバランスを考えさせ、ディフェンシブハーフは守備時において攻撃陣への守備ゾーンの限定やインターセプトなどのボール奪取へのチャレンジ。
 
サイドの選手は攻撃時と守備時の各々のチャレンジを明確にして理解させることが可能。

2トップに関しては、フォワードとして点を取るため二人の関係性、距離感やサポートなどの役割、味方のフォワードを活かすための、相手ディフェンダーとの駆け引き、味方の為の自己犠牲の心理など、ワントップよりも理解させやすいというかフォワードとしての原理原則を覚えさせやすい。

以上4-4-2というシステムは、ポジショニングについてまだまだ未熟な年代、特にジュニア年代にとって非常に分かりやすく理解させやすいシステムであると同時に、ジュニアユース年代の選手においてはそれぞれが持つ特徴を観るにはうってつけのシステムであると考えている。

最後にGKは昔のスイーパーという役割をこなすディフェンダーの意識を持たせ、足元の技術を習得させる。
小崎 峰利

2019年1月31日木曜日

2019年育成に思うこと

2019年1月日本サッカー協会主催のカンファレンスに参加をした。

すべてのカテゴリー、すべてのライセンスの1,000人を越える指導者が集い、ワールドカップの分析を中心に優勝したフランスの取り組み、初出場を果たした小国アイスランドの取り組み、サッカースタイルの変遷などなど、非常に興味深い内容が盛りだくさんであった。

その中でも印象に残ったキーワードが”教育”という言葉。

各国において、それぞれの教育があり、日本においても日本特有の特徴をどのように教育していくのか?

私は、育成年代の指導者としてサッカーに取り組む少年少女にどのように”教育”していくことが大事か、改めて考えさせてもらうことができ、また、私が取り組んできたことに改めて自信を深めることができた。

究極の教育は、”意識”と”行動”、”自信”と”その気”。

子供には色々と能力の差がある。

差があるとはいえ、その能力を確実にレベルアップさせてあげるには、選手自らがやる意義と意識を持たなければ、能力の限界まで行くことは到底できない。中途半端は特にいけない。

小学生は夢がある。中学生になると夢と現実の狭間で中途半端になる。この時期である中学でこのことを”教育”して、さらに高校に繋げていくこと。これが大事。

サッカーのスキルも戦術も意義も分からず意識も低ければ、せっかくトレーニングしても自分自身のものになるには時間も足らないし、ただ黙々とトレーニングしているだけでは能力の高い選手はもったいない。もっともっと色々な事に意識をもって臨ませ、能力があまり高くはない選手が意識も低く、色々なことへの行動が伴わなければ何につけても中途半端という状況に陥る。

育成年代の指導者の究極の指導は”教え育む”であると思う。
小崎 峰利