2018年1月17日水曜日

間接視野

とにかく周りを見られない選手が多いことに、改めて気づく今日この頃である。

最近の育成年代におけるトレーニングの主流は、狭いスペースでのポゼッション。
どうしても近くの選手を見ることが多くなる。そうすれば判断材料も少なくなる。

また、味方をはっきり見た上でパスを出す。はっきり見ることで頭の上下動が起こる。
この一瞬の動作でタイミングが遅くなったり、リズムを悪くさせる。

もう少し間接的に全体を見る。
味方のユニフォームの色が沢山視野に入ってくれば選択肢も増える

視野を広げるため、”間接的に見る”という意識を持たせた上でトレーニングを行うことを薦めたい。

随分前にも書いた記憶があるが、見ることに特化したトレーニングをすることも大事である。

小崎峰利

2017年12月8日金曜日

上手い選手と良い選手

サッカーには色々なタイプの選手がいる。

育成年代において「上手い」と言われる選手は、地域にもたくさんいる。ただ、それは身体のバランスが良く、ボールタッチも上手く、スムーズにボールを運べる選手が上手いと評価される事が多い。

しかしながら、サッカーという複雑な要素が多々あるスポーツの中で、その上手さを発揮しなくてはいけない。その上で自己犠牲を払い、チームに対して貢献ができる、また、チームの為に他人にも自分にも厳しくなれること。

さらに、そういう努力を継続することができる選手が、将来「良い選手」に成長していく。

このベースは、ユース年代で確立されることが多いが、「上手い選手」を目指す選手や「上手い選手」に期待する保護者が多いのが現実。

「上手い選手」より「良い選手」を目指させる原点はジュニアユースに有り

チームの選手には常に言っている。

『上手い選手より良い選手を目指せ!』

小崎 峰利

2017年11月1日水曜日

創造性と闘争心

現代の育成年代において、クリエイティブなサッカーという言葉がよく使われる。

少し前にはパスサッカー、いわゆるポゼッションサッカーが一世を風靡し、最近は縦に早くなどサッカーの戦い方が変化をしてくる。

ただ、昔から不変なことは”闘う気持ち”、いわゆる闘争心。
ここについてはやはり難しさを伴う。

同じ方法で、すべての選手に闘争心が身に付くはずもない。
ここにはノウハウがある。
先ずもって、選手の性格、選手を取り巻く色々な環境などを分析して、少しずつ選手に落とし込まなくてはいけない。

創造性も大事だが闘争心も大事。

クールとホットという相反したメンタルの中で発揮しなくてはいけないスキル。
それらをすべて習得した上で、チームの戦術を理解して遂行していかなくてはいけない。
サッカーは本当に奥深く難しいスポーツである。

我々育成年代を預かる指導者は、将来のサッカー人生が豊かになるための術を少しでも多く持たせ、選手を次のカテゴリーへ旅立たせなくてはならないと考えている。
小崎 峰利

2017年8月21日月曜日

社会性

社会性とは?

学術的には色々な考え方があると思うが、すべてのカテゴリーを見てきた立場からすると、"三つ子の魂百まで”と言われるように、小さいときからの何気ない常識が社会性を育む原点であると思う。

しかしながら、最近の社会は、常識を育むために経験で学んだり、体験させたりということが少ない。
目と耳から入る情報が圧倒的に多い。それも学校の勉強以外で学ぶ社会的常識は非常に少ない。
大人との接点も少ない。

これでは社会性を身につけることは難しい。

そんな中、我々のようなサッカーチームこそ、社会性を身に身に付くにはもってこいの環境を作ることができると考える。

それには昔で言う近所のおじいちゃん、おばあちゃん的な感覚が必要。

私もその域に突入してきた。
これから、中学生にとって大事な社会性を身に付けさせるべくさらに頑張っていこうと思う。

朝起きたら「おはよう」、家を出るときは「行ってきます」。お母さんは「気を付けてね」の一言。
色々なことに「ありがとう」、色々なことに「すみません」。

”当たり前のことが当たり前にできる”大人になっていくことができるように…
小崎 峰利

2017年7月28日金曜日

高校サッカーの空気感

この夏色々な高校に出向き練習風景を眺めさせてもらっている。

6月末は東北地方、7月初めは九州地方、中旬は北信越、そして時々愛知県内。
練習を眺めていると緩やかな空気、引き締まった空気、はたまた和やかな空気、ああ、この空気感は強くなるな、この空気感ではちょっとな?と手に取るようにわかる。

自分もこの空気感には相当こだわってきた。
引き締まった空気を作ることが、どれほど選手のアタマの中とココロの中のトレーニングとなるか、常に演出をしてきた。

色々な高校を見ると、監督が引き締まった空気を作らなくとも自然にできている高校もある。
あえてその空気感を演出しようとしている監督もいる。その緊張感に持続性がなく、常に演出をしている監督もいる。

最近よく言っている頭と心の訓練、スキルと頭と心のバランスを取るための空気感。
とにかく大事。

今年も高校サッカーの練習風景を沢山見て、今後の演出に役立てたいと考えている。
小崎 峰利

2017年3月29日水曜日

頭の柔軟性

先日、選手に話をした。
「“信号の赤は止まれだよ”“黄色は注意だよ”“青は進めだけど、右見て左見て、もう一度右を見てから渡るんだよ”、小さい頃このように教えられてきたよね。」
横断歩道の前に来てはこのように話をしてもらい、反復で教えられてきた時代がある。

現実のサッカーにおいては、選手が反復で教えられる内容や時間に制限がある。
まずは、基本的に道路を渡るときには何が危険かを予測して、その危険を回避するためにどのような注意をして、どのような行動をしなければいけないかを自分自身で考え実行するということをしていかなければ、頭とイメージの訓練はできない。何でもかんでも具体的なことを教えていくのは無理がある。

まずもって、頭の柔軟性が大事。

勝負に強いチームの選手を見ていると、現時点での身体能力やアジリティに差があることは歴然。現在の名古屋FCの選手は、身体の作りやバランスが良くない選手が多い。

身体の出来具合の差や技術的な差は、今からでも縮まっていくはず。しかし、この育成年代の初期に、先に書いた頭を柔軟にさせ、物事の全体を見たうえで、細かいことを予測してのマネジメントや、論理的に組み立てていく能力を身につけさせなくては、サッカーのプレーどころのことではなくなると感じている。

名古屋FCでは、どのようなレベルでも現在必要なことに特化して、どのようなレベルに行っても困ることのない頭の柔軟性を身に着けさせるよう努力をしている。今後もこのことについては追及していこうと思う。

次回は、“予測と配慮について”か“社会性について”のどちらかにフォーカスする予定である。
小崎 峰利

2016年10月28日金曜日

「何となく」

最近の中学年代の選手を見ていると、「何となく」サッカーをやっている選手が多くいる気がしてならない。

過去においては、身体能力が高く、サッカーにまつわる感性がある選手が多く存在していた。その選手たちが「何となく」サッカーに取り組んでも、ある一定のレベルまでは到達できた。
                             
現在は、サッカーというスポーツが身近になってきて、誰もがサッカーを始められる環境が生まれてきた。以前にも書いたような気がするが、サッカーを始めて最初のテクニック習得はボールリフティングである。今も昔もリフティングの回数を伸ばすため、それぞれが相当な努力をしてきたはずである。しかしながら、その次の「止める」「蹴る」「運ぶ」という単純ではあるが最も重要なテクニックに対してのトレーニング、また、試合などでのパスひとつにしても「何となく」が少しずつ目立ってくる。
確実に相手選手の脚に当たる場面でも、「何となく」ボールを蹴ってしまう。ゴールキーパーの位置など関係なしに、「何となく、あの辺に」シュートをしてしまう。

勉強にしても、やらなくてはいけないとわかっているにもかかわらず、「何となく」勉強机に座って安心をする。親御さんも、勉強机に座っている息子を見て「何となく」ホッとする。塾に行っている間は安心する。
サッカーも勉強も同じである。全く同じではないかもしれないが、サッカーは好きで始めたはず。勉強はほとんどの選手があまり好きではない。にもかかわらず「何となく」サッカーに取り組む子供が多すぎる。
サッカーは好きだから、夢中にはなる。夢中でやれば多少は身につくものはある。勉強は「何となく」やっても身につかないし覚えられない。

時代背景も影響をしている。
技術の習得や良い習慣作りは何かしらの苦労を伴う。しかし、今の世の中は何かを身に着けるためや情報を仕入れることに、さほどの苦労がいらないようなシステムが多い。苦労や我慢ばかりが良いと言っているわけではない。この大事な時期の3年間で、「何となく」をやめて、前にも書いた「本気になって真剣に」取り組むことを頭で理解させ(この理解させる作業が難しい)、それをひとつひとつのトレーニングや習慣作りに反映をさせることが先決と考える。

「何となく」をやめ、トレーニング中の「トラップ一回」「パス一本」にこだわりながら、さらにボールを「奪う」「奪われない」ことに徹底的にこだわりながら取り組むことで、格段のレベルアップが図れると信じている。


上のカテゴリーに行っても、このこだわりを継続することができる選手を育成し、また、継続できなくなりそうになったら、選手が所属するチームへ出向き、「本気になって真剣に」を思い起こさせるなどのフォローを地道に行ってきたことが、名古屋フットボールクラブの歴史を作ってきたと考える。
                                                                  小崎 峰利